ベルサンテグループ

派遣の先生の声

派遣の先生インタビュー

なつみ先生

派遣保育士歴:1年
東京都杉並区 保育園勤務

#やりたいことは諦めなくていい
#シンガーソングライター×保育士
#資格の力

これまでと今の働き方について教えてください

現在は東京の高円寺にある保育園で、平日の11時から18時まで乳児クラスを担当しています。 

そして私は、シンガーソングライター「ナツノコエ」として音楽活動をしたり、ボイストレーニングの講師もしています。 

平日は保育士、土日は完全に音楽活動一色で、ライブや楽曲制作、撮影がギッシリ。休みはほぼありませんが、二十歳の頃からずっとこの働き方。

逆にお休みがあると何だか罪悪感を感じちゃいます(笑)。

保育士になったきっかけは?

原点は、小学生の時の職業体験です。4歳下の弟がいたこともあり、小さくて可愛い子どもたちの面倒を見たり、お世話をしたりするのが昔から大好きでした。

実際に園へ行くと、子どもたちが「おねちゃん、いっしょにあそぼう~!」とトコトコ寄ってきてくれて。ちょっとお姉さん気分になって一緒に遊ぶ時間が、ものすごく楽しかったのを今でも覚えています。

それと同じくらいの時期から、「歌手になりたい」というもう一つの大きな夢もありました。祖父の影響で、小さな頃からスナックでよく歌わせてもらっていたんです。そこではちょっとしたアイドルでしたね(笑)。

中学・高校時代も完全に音楽一色で、ずーっとバンド活動ばかりの毎日を送っていました。

あえて「保育の道」も選んだ理由とは

高校時代、有難いことにバンド活動で注目され、テレビ番組から取材を受けることもありました。 

ただ、その勢いのまま「音楽一本で行こう!」とならなかったのは、祖父の「やることをしっかりやっていれば、好きなことはどれだけでもやっていい」という教えがあったからです。

好きな音楽をずっと続けていくためにも、まずは国家資格を持っておくことが自分を守る盾になる。そう考えて、幼児教育学科への進学を決めました。ちなみに入試では、自分で作った歌をアコースティックギターで弾き語りして合格したんですよ(笑)。

もう一つ、決断できたのは母の存在。看護師の資格を持つ母は、女手一つで私と弟を育ててくれました。私にとって保育士資格を取ることは、自分の夢であると同時に、人生を生き抜くための「お守り」みたいに捉えていたのかもしれませんね。

バンド解散からのリスタート。

短大卒業後は、地元名古屋の公立保育園に勤務しながらバンド活動も続けていました。その後、大型フェスのオーディションでの優勝を機に音楽事務所への所属が決まって、一度は音楽一本の道へ進むために保育の現場を離れることになります。

そこから約7年間、音楽中心の生活を送っていたのですが 、27歳の時にバンドが解散することになりました。ただ、そこで路頭に迷うことなく、すぐに次へ進めたのは、保育士資格があったから。

解散ライブの翌日には、私はもう保育園の現場に立っていました(笑)。余韻に浸る暇もありませんでしたが、資格があったからこそ、何一つ立ち止まることなくすぐにスタートを切ることができました。

そこから保育の現場に復帰して、「保育士をしながら、シンガーソングライターとして活動する」という今の私のベースができあがりました。そして、音楽も保育もさらに本格的に挑戦するため、去年6月に東京に引越しすることを決めました。

新しい挑戦を助けてくれた出会い 

東京での土地勘もない中で、私の特殊な働き方を受け入れてくれる環境を自分で探すのはすごく難しかったです。

そのときに保育士仲間から教えてもらったのが、ベルサンテさんでした。仲間内でも「すごく寄り添ってくれる」「担当者に連絡が取りやすくて安心」と評判だったので、迷わず登録を決めました。

実際に、私が上京したばかりで心細かった時期には、担当の方が地元の名古屋の職場の話を交えながらこまめに連絡をくれたりして。それが本当に癒やしになりましたし、新しい土地で働く上での大きな安心感に繋がりました。

「やっぱり、保育っていい」と思う瞬間は?

音楽活動って、感性の戦いでありながらも、売上や再生回数といった「数字」や「順位」で結果を求められる世界でもあります。

自分が良いと思ったものを出しても、必ずしも数字に結びつくわけではない。その中でどう前向きに進んでいくか、すごく揉まれてきました。

ただ、私の根本にある本質として「人って数字や順位で測られるものではない」と思っているんです。だからこそ、みんなそれぞれの個性があって、それを丸ごと受け止めていく保育の現場は、自分にとってすごく心地がいいんですよね。

「色んな大人がいていいし、子どもたちにも色んな個性があっていい」。

そんな風に一人ひとりが認められている環境に身を置けることは、私にとって何よりの「心の栄養」ですし、やっぱり保育って良い仕事だなと心から思います。

だからこそ、私にとって保育は音楽のサブ(副業)なんかじゃありません。どちらも全力で向き合っている、私の「本業」です。

わたしが、穏やかでいるために

日々の保育現場でも、毎日が反省と気づきの連続です。つい先日も、机の下に潜り込んでいる子がいたので「危ないから出といで!」って声をかけたら、実はその子、下に落ちたおもちゃを拾おうとしていただけだったんです。

「あぁ、状況もちゃんと把握してないのに、私の都合で言っちゃったな……」って、口に出す前にもっと子どもの気持ちを考えればよかったと、すごく反省しました。

それは先生同士の人間関係でも同じです。例えば意見が噛み合わない時、「どうして伝わらないんだろう?」と戸惑うこともあります。

でも、そこで終わるんじゃなくて、「この先生も、悪気があるわけじゃないんだな。きっと私とは大事にしている視点が違うだけなんだ」って、一歩立ち止まって相手の背景を想像するようにしているんです。

連絡帳をよく読んで「最近お母さんが妊娠したから、この子は寂しくて甘えてるのかな」と子どもの見えない時間を想像するのもそう。

表面の行動だけで判断せず、その奥にある背景を想像できると、「じゃあ、もう一回言い方を変えて伝えてみよう」って気持ちを切り替えられるきっかけに繋がることもあるんですよね。 

相手のためだけじゃなく、自分自身が「穏やかで寛容」でいるために、『背景を想像する』ということを心がけています。

大切にしている言葉

「やりたいことは、一つも諦めなくていい」

名古屋にいた頃は、自分の働き方が少し特殊かなと感じることもありました。でも、東京に出てきてびっくりしたのが、今の園には映画監督を目指している先生や、俳優をやりながら先生をしている人たちもいるんです。

周りに色んな夢を追いかけながら保育をしている仲間がいて、「あ、本当にどっちも諦めなくていいんだ」と改めて思えました。

私にとっては保育と音楽、両方があるからこそ、お互いに良いエネルギーが生まれています。

可愛い子どもたちからパワーをもらって音楽が作れて、大好きな音楽を全力でやれているからこそ、保育にも穏やかな気持ちで向き合える。

保育士としては、子どもたちに「今日もなつみ先生と遊びたいな」「保育園に行くのが楽しみだな」と思ってもらえるような、会いたくなる先生であり続けたいです。

そしてシンガーソングライターとしては、世代を問わず、老若男女たくさんの人の心に届く音楽を歌っていきたいと思っています。

園の皆さん、ベルサンテさん、そして家族や仲間、ファンの皆さん。みんなが今の私のこの働き方を「いいじゃん!」と応援してくれているのが、本当に有り難いです。 

これからも周りに感謝しながら、自分の心に素直にやりたいことに向き合っていきたいです。

【編集後記 fromなつみ先生担当の保育コンシェルジュより】

いつもお仕事お疲れ様です。

以前なつみ先生と電話でお話しした時、喉の調子が悪く、声を出すのがしんどい状況だったことがありましたよね。

その日のスケジュールを聞くと、この後、夜中にスタジオで練習して・・・と言っておられました。

驚愕しました。何てタフなんだと。

「保育士をしながら、シンガーソングライターとして活動する」

「音楽も保育士も、どちらも私の本業です」

「やりたいことは、一つも諦めなくていい」

これらの言葉は、どれも素敵で、こういう生き方が出来たらいいなと憧れを持つ人はきっと多いです。でも、それらを実際に体現していくのは並大抵の努力では絶対に無理です。

そして何よりも、音楽と保育に対して真摯に向き合いながら、どちらも大好きという気持ちを持ってらっしゃるのだなと、改めて感じました。

シンガーソングライター【ナツノコエ】の大ファンです。

そして、保育士の【なつみ先生】の大ファンです。

これからもサポートさせていただきますね。お困りごとがあれば、すぐにご連絡ください。

保育コンシェルジュyoshimura

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インタビュー・構成 ・文 : noma
文 :  堀池恵美
写真 :齋藤遥

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